05. 一輪挿しのようなオーディオ

日経コラム 第5回 2005年7月31日

 トーマス・エジソンが蓄音機を発明したのは1877年。エジソンが蓄音機の用途を「遺言の録音」と考えていたことはとても有名な話で、「音楽」などの録音にはあまり関心がなかったようです。しかし、私たちの身の回りを見ると、なんと録音された「音楽」が多いことでしょう。

 「ヨンパチ」の愛称でヒットした蓄音機は1937年頃、国産発のテープレコーダーは1950年。ステレオレコード発売と同時期にステレオ再生装置が登場したのは1958年でした。1970年代に入ると、レコードやテープ、ラジオがセットとなったシステムコンポの時代に突入します。楽しみ方はエジソンが想定した「遺言の録音」ではなく「音楽」でした。

 そして、1979年にエポックメーキングな出来事が起こります。ウオークマンの登場です。一定の場所で聞く音楽ではなく、どこでも持ち運べ、歩きながら楽しむ音楽スタイルが誕生したのです。

 こうして、蓄音機の発明から始まった音再生装置の歴史は、「高音質・臨場感」と「どこでも持ち運べるコンパクトさ」の追求を促し、最近はデジタル化とネットワーク化の波が急速に浸透してきました。

 音質劣化のないコンテンツ複製やインターネットによる手軽なダウンロードは音楽の楽しみをさらに広げるものですが、逆に違法コピーや著作権侵害などの新たな問題も発生しています。次なる進化段階に、新たな課題が発生するのは当然のことなのでしょう。

 それではここで、いつものように大阪らしい「楽しさと実利」の視点で、これからの音楽の楽しみ方を半チャンネルひねってみたいと思います。

 人が創作した音楽コンテンツには著作権がありますが、自然が創造したコンテンツには著作権はありません。一度、エジソンが「遺言」としてイメージした、生活に身近な「生録」の視点に帰ってみてはいかがでしょうか。

 例えば、休日に過ごした森の風、川のせせらぎ、鳥のさえずりを録音して、身近で楽しむのはどうでしょう。最近では、ステレオダイポールといって、1ボックスのスピーカーで5.1ch相当の3D音源再生が可能な技術も商用化されています。これであれば、大掛かりなオーディオセットなどがなくても、コンパクトな装置で自然に近い3Dサウンドを再生できます。

 また、インターネットを使って、離れた場所のマイクから収録される自然の音をライブ受信することも可能です。オーディオ装置を1個と決めずに、たくさんの小さなオーディオ装置があれば、リビングではリフレッシュする音、キッチンでは元気が出る音、寝室ではやすらぎの音、玄関ではおもてなしの音など、音をインテリアとして扱えるようになるでしょう。そう、部屋の中に一輪の花を生けるように、好きな場所にお気に入りの音を置いていく(飾っていく)ようなイメージです。

 松尾芭蕉は大阪の南御堂で生涯を閉じました。「奥の細道」で詠まれた自然の音の数々・・・。「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」のような心象風景を、日々の生活の中に音から思い起こしてはいかがでしょうか。

 そう言えば、エジソンが発明した電球のフィラメントには京都の石清水八幡宮の竹が使われたそうです。音技術のエジソン、音文化の芭蕉、どちらも関西にゆかりのある先人たちです。